民主主義の醍醐味
毎4年に1度の大統領選の投票日は「11月の第1月曜日の翌日の火曜日」と法律で決まっているので、今年は11月5日です。
今のところ民主党のカマラ・ハリス候補と共和党のドナルド・トランプ候補の予想得票率は拮抗していますが、選挙戦の流れを見る限り、ハリス氏がわずかながら優勢に見えます。
でも、どちらが次期大統領になるのか、最後までわかりません。
誰が大統領になるかで、政策は大きく変わってきます。ということは、国民生活に与える影響も大きく変わってきます。だからこそ、大統領選は毎回、国全体を巻き込んだ一大イベントになるのです。
私も新聞記者としてアメリカに駐在していた時、2度にわたって大統領選を取材しましたが、多くの一般有権者が顔や名前を堂々とメディアにさらして、自分の支持する候補について熱く語る姿にとても驚きました。
日本でもアメリカでも政治の話はタブーとよく言われますが、アメリカでは実際には必ずしもそうでないということを知りました。
政治が生活に密着していることを実感するとともに、日本の形だけの民主主義では味わえない、本当の民主主義の醍醐味を味わった気がしました。
バイデン政権の実績
今回の大統領選は、経済政策や移民政策が大きな争点となっていますが、それらと比べると現地のメディアに取り上げられることが少なく、それゆえ日本のメディアも報じない争点の一つが、PFAS問題です。
報道が少ない中で、主要オンラインニュースメディアのポリティコは、「ハリス氏が大統領になったら、PFAS 規制が一段と強化されると多くの環境団体や識者が期待している」という記事を掲載しました。
イギリスの高級紙ガーディアンも同様の内容の記事をオンラインで配信しました。
ハリス政権への期待が高まるのはいくつかの根拠があります。
ひとつは、バイデン政権の実績です。
環境保護庁(EPA)は昨年3月、摂取し続けても健康に問題ないと考えられる飲料水中のPFAS の濃度の上限を、従来のPFOA とPFOS 合わせた1リットルあたり70ナノグラムから、各4ナノグラムへと大幅に引き下げました。
新たな基準は、単なる目安だった従来の基準と違って法的拘束力を伴うため、違反業者は早急に濃度を引き下げなければなりません。
これ以外にも、バイデン政権はPFASによる環境汚染や健康被害を防ぐための様々な施策を打ち出してきました。
バイデン大統領がPFAS 規制に積極的なのは、それが2020年に大統領選を戦った時の選挙公約だったからです。
当時、バイデン陣営が公表した選挙公約には、「PFASを安全飲料水法に基づく『有害物質』に認定し、強制力を伴う基準値を設定することなどにより、PFAS 汚染問題に取り組む」と書いてあります。
ハリス氏も、副大統領として規制強化にかかわってきたことに加え、カリフォルニア州司法長官時代や上院議員時代にも一貫して環境問題に熱心だったことから、大統領としても引き続き規制強化を進めるのではないかと期待されているのです。
ウォルズ副大統領候補への期待
ハリス政権が誕生した場合、PFAS 政策の鍵を握るとみられているのが、副大統領のティム・ウォルズ氏です。
ウォルズ氏は現在、中西部ミネソタ州の知事ですが、そのミネソタ州では昨年、2032年までにPFASを使用した製品を原則禁止する州法が成立しました。
PFASの包括的な使用禁止を決めたのは東部メーン州に次いで2州目です。
同法は、PFAS が原因の可能性がある繊維層状肝細胞がんを発症し、昨年4月に20歳でこの世を去った女性が亡くなる直前に行った必死の議会証言が成立の決め手となったことから、彼女の名前をとって「アマラ法」と名付けられました。
この法案に署名し、最終的に法案を成立させたのがウォルズ知事でした。
ミネソタ州で非常に厳しいPFAS規制法ができたのは大きな意味があります。
同州には、世界的な化学メーカーでPFASの主要製造企業でもある3Mの本社があります。多くの雇用を生み、税収面でも貢献し、政治力もあります。実際、法案の審議過程では、過度の規制に反対する化学業界からの圧力があったと現地のメディアは報じています。
その圧力を跳ねのけて包括的禁止法を成立させたのがミネソタ州議会であり、ウォルズ知事だったのです。
トランプ大統領なら後退も
逆に、もしトランプ氏が大統領に返り咲けば、PFASに限らず、バイデン政権下で進められてきた環境問題に関する様々な規制強化が一転、緩和される可能性が指摘されています。
もともとトランプ氏自身が環境問題に無関心なことに加え、共和党を支持する産業界が規制強化を嫌っているからです。
前回、大統領だった時には、オバマ政権時代に強化されたネオニコチノイド系農薬の使用規制を緩和した実績もあります。
アメリカのPFAS 規制の行方は、日本のPFAS規制の今後にも影響することは間違いありません。その意味でも、大統領選の結果から目が離せません。